「男の甲斐性」

1.

その日、松下隆臣は少々異様な朝を迎えていた。
彼の通う高校へと向かう途中、目の前を黒猫が通り過ぎたり、五月蝿く鳴くカ
ラスの大群を観たり、近くで事故が起こったりと不吉この上ない事が周りで起
こりまくっていた。
そして下駄箱で靴を履き替える間際に、
「あっ、」
履いていた靴紐が切れた事を追記しておこう。

「・・・う!?」


しかも何時もは遅刻ぎりぎりに登校する筈の同級生で、同じ演劇部の楡坂命
人が隆臣の教室の前で沈痛な面持ちで佇んでいるのを見つけたら天変地異
が起こる前触れではないかと思うのも仕方が無いのではなかろうか。
「・・・今日は・・・何の日・・・だ?」
命人はおよそ落ち込むだとか、自信を無くすだとか云ったこととは無縁の男
で、少なくとも演技でもなければ人前でそんな面を見せる人間ではない。
一体何事かと命人に声を掛けようとした瞬間こちらに気づいた命人は苦しそ
うな、今にも泣き出しそうな表情をしたかと思うとその場から走り去ってしまっ
た。
「な、何なんだ、一体・・・」
そんな命人の態度に暫し呆然としていた隆臣は彼の演技だったのかと思いつ
つ、そんな事をしてどうするのかと考え込んでしまった。
いくら考えても答えなど出るはずも無く、授業開始の鐘が隆臣の頭上で鳴り響
く。

その後、朝の出来事が嘘のように何事も無く過ぎて行き放課後___

朝のことが気になり、命人のいる教室へと足を向けた隆臣だったが命人の姿
を見つけることは出来なかった。
教室に残っていた者に命人の行き先を知らないかと尋ねると、体育館の方に
向かっているのを見かけたと言う返答が返って来た。
相手に礼を言いつつ隆臣は体育館へと足を向けて歩き出す。

隆臣達三年生は既に部活を引退はしていたのだが後輩に指導を乞われ、受
験勉強の息抜きとしてたまに顔を出しをしていた。
「あいつは勉強をしているのか・・・・」
引退してもよく部活に入り浸っている同級生の事を心配しつつ体育館の扉の
前まで来るとそこには隆臣が捜している人物がいた。
「楡坂、どうしたんだそんな所で・・・」
声を掛ける隆臣に命人は、
「隆臣・・・・」
「・・・・・は?」
隆臣?何時もはオミッチとかふざけた名前で呼んでいる命人が思い詰めた顔
で隆臣?!しかも上目遣いで心なしか目が潤んでいるような・・・。いくら顔が
良いとはいっても相手はガタイのある男なので少し気味が悪・・・・いやいや何
か悩みがあるかも知れ無い相手に失礼か。しかし、これは演技なのか?だが
違っていたら悪いし―――――。
心の内ではかなりの動揺をみせている隆臣だったが表情には微塵も出さず
に命人に訪ねてみる。
「ど、どうかしたのか?命人」
「無いんだ・・・」
「無い?何が無いんだ?」
そこで何故顔が赤くなる命人!と思いながらも更に聞いてみると、命人は微
かに顔を俯か手を軽く握ると思い切ったように言葉を紡ぐ。
「あ、あの日が来ないんだっ!!」
「?!」

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